人生につまづきながら生き方や働き方を模索していくブログ

どうにも社会人として会社に馴染めないとか、生きるのがちょっと疲れちゃってたりとか、生き方とか働き方に疑問を持ってたりとか、なんかそんな事とかそうじゃない事とかをのんびり書いていくブログ。

12月に入ってなんだかやる気が停滞している日々を過ごしています。

12月。

そして今日はクリスマス。

この記事を書いている間にクリスマスが終わってしまうのか、それとも25日中にアップ出来るのか、どうなのか。

今年もやっぱりクリスマスは一人ぼっちだったけれども、そんなもんだよね。

コンビニでケーキを買って両親と食べたくらいのささやかなことをしました。

 

それにしても今月に入ってから急激にやる気が出てこなくなりました。

気分障害復活の兆し?

冬季うつ?

ただのお疲れモード?

 

いろんなことを考えたり悩んだりしているうちに、私の精神力は削られていきます。

そういう気質なのです。

そして落ち込んでしまってしばらく調子が上がらないのです。

 

そんな時、ひとりでよかったなと思います。

もし自分の家族を持っていたら落ち込んでいる父親の姿を子供に見せられなくて無理をしてしまいます。
それがまた自分に辛さをもたらしてしまいます。
奥さんだって嫌がるでしょう?

 

けれど、ひとりであったとしても立ちはだかる壁があります。

それは「仕事」。

どんなに気分が悪かろうと、悩んでいたり落ち込んでいたりしようとも「だから何?」という感じで仕事に向かわなければなりません。

それが今の世界を形成している日常。

体の病気は認められるけれど、こころの病気は認められない。

そういう社会。

「今日は落ち込んでいるので会社を休みます」は欠勤理由にすることが難しい。

「こころ」も「からだ」もどっちも健康であって初めて健全な仕事が出来るのに。

 

「元気がないなら休んでいいよ」「元気になったら戻っておいで」

そういう世界で暮らしたい。

 

 

そんなこんなで今月は。

仕事が特別大変な訳ではないのだけども、どうにもテンションが上がらず仕舞いで無理やり会社に行って、会社にいる時だけ頭フル回転でテンション引っ張りあげて数々の判断を行い家に帰ってきたらげっそりしているという日常を過ごしています。

家にいる時と、会社にいる時との落差が激しすぎて自分がかけ離れてしまっています。

そんな経験も貴重かもしれません。

が、家で何もやる気が起きない。

というのは「疲れている」ということが明らかな気がします。

ただゴロゴロしていたい。

ただ寝ていたい。

寒いし。

 

 

冬眠したい。

 

 

 

そう、私は今、休みたいと思っている。

そう感じている。

 

今年は本当によく頑張ったと思う。

会社の人の「できないこと」を「できる」ように手助けしたり代わりにやったりとか。

おかげで自分の「できる」の幅も広がったし、貴重な経験も出来たと思う。

20連勤は忘れない。

 

本当にあっという間に過ぎた一年だった。

「喜び」を感じる心の土壌はまだまだ育てるようにしたい。

「怒」はもう去年から感じることがたくさんある会社で、ストレス多し。しかし怒りの感情は感じることが出来ているので、無感情人間ではない。

「哀」は無かったかも。悲しいことは無かった。でも寂しさは感じていた。

「楽」はどうだろ。楽しいことをしていく人生にしていくつもりでいるのだけれども「頑張ろう」としてしまっている感じもある。潰れるパターンに入る前にもっと気楽にきたい。

 

課題もまだまだあるけれど、とにかく「生きた」一年だったと思う。

 

クリスマスなのに、すでに一年の総括っぽい感じの日記になりました。

 

 

 

仕事納めまであと3日。
納品の追い込みもあるし、間に合うのか!?
想像したら焦ってきたのでやめよ。

 

それでは皆様おやすみなさい。

 

 

 

 

休む技術

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