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人生につまづきながら生き方や働き方を模索していくブログ

どうにも社会人として会社に馴染めないとか、生きるのがちょっと疲れちゃってたりとか、生き方とか働き方に疑問を持ってたりとか、なんかそんな事とかそうじゃない事とかをのんびり書いていくブログ。

この土日は畑仕事で体力づくり

風は少し冷たかったですが、天気も良くて心地の良い日差しをしていた週末でした。

自転車でも・・・と考えていましたが、親に畑仕事を手伝ってほしいと言われたので家庭菜園の畑の耕し作業に駆り出されました。

 

1時間鍬を持って畑を耕し、1時間は草取りをして。

というトータル2時間の畑仕事を2日間行いました。

 

早速昨日の畑仕事の筋肉痛が今日やってきました(笑

というか1時間の作業に筋肉痛になってしまう自分の体力の無さよ。

本当に困ったものです。

 

でも土日とも家に引きこもることなく、軽く体を動かすことが出来たという健康的な感じに感謝をせねばならないですね。

ちょっとでも体を動かすと、やっぱり違います。

 

気分的に、今とてもストレッチをして体を伸ばしたい感じなので、この後ゆっくり伸びをしてリラックスした時間を過ごしてみたいと思います。

 

よし、良い週末を過ごせた。

 

マックを食べたくてマックに行ったけれどやっぱりマッククオリティだった。

私は時々マック(マクドナルド)のハンバーガーを食べたくなる。

時々であっていつもではない。

しかもその時々の頻度は年に数回の時もあれば、一年間食べないこともある。

つまりそれほどマクドナルドは好きではない。

だけれども時々あのジャンキーなフードの感じを味わいたくなって無性に食べたくなることがあるのだ。

 

「マックを食べない」とか言ってしまうと高級品嗜好なのかと思われるかもしれないが、全然そんなことなくてただ単に実家暮らしなので質素なりに栄養補給が出来ているからだ。

 

さて、久々のマック欲に駆られた私。

その理由はキャンペーンの広告だ。

広告の力は絶大だった。

 

「はみだす、おいしさ。てりたま」の名のもとに

期間限定(2017年春)のNEW商品「ギガベーコンてりたま」という強そうな名前のバーガーが鎮座していた。

 

これはおいしそうだ!

と、脳が反応してしまった。

たまにはマックでも食べるかと思ってしまった。

 

久しぶりのマックだったので親兄弟分のオーダーをしに近くのマックへ1人で向かった。
(どうせ行くなら家族分オーダーしたほうがご飯が簡単に済ませられる)

 

私と弟はギガベーコンてりたまの春満開セット、両親はなんか他のセットのやつ。

チラシのクーポン券があったのでそれを使い購入した。

もちろんテイクアウトで。

 

家に持ち帰ってから中を確認してみると、明らかにドリンクの数が1つ少ない。

ん?と思ってバーガーの袋を開けて確認してみると、バーガーの数も1つ少ない。

んん?と思ってレシートを確認してみると、オーダーが1つ少ない。

どうやら個数を間違えられてしまっていたようだ。

支払金額が安いな、とは思っていたがそういうカラクリだった。

追加オーダーをしにいくことになってしまった。

その場で確認しなかった私にも不備があった。

 

ではいよいよ食べましょうか!

ギガベーコンてりたまというやつを!!

 

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なんていうか、やっぱりマックはマックだった。

確かにバーガーはボリューミーなのだけれども見た目の美しさというものがマッククオリティだった。

いつも通りの写真詐欺的な雰囲気を醸し出してくれていました。

食に対してあまり感動を味わえない私なので、今回もWow!!っていう感じにはなりませんでした。

でも食べてみた感じ普通に美味しく頂けました。

いつものマックでした。

長いベーコンがウリというだけあって、ベーコンを良いタイミングで嚙み切ることが出来ず、ずるずると引っ張り出て来てしまって、最初に全部口の中に消えていきました。

ベーコン美味しかった。

 

シャカシャカポテトのさくらえびしお。

海老の風味がちゃんと出ていました。

ですが、今日のマックのポテトはいつもよりもしんなり度合いが初めから強かったため残念な感じでした。

あと、後半塩分が強く感じすぎてリタイアしました。

(両親に残りはパスしました)

 

そしてピンク色が綺麗だったマックフィズのさくらんぼ味。

これが一番おいしかったような気がします。

山形県佐藤錦の果汁を使用した炭酸ドリンク」ですとあります。

但し果汁は1%。

飲料メーカーのよくあるやつですね。

こういうのは気分です。ソフトドリンクとはこういうものです。

大丈夫ですよ、これ私気に入りました。

とても爽やかな風味でした。

期間限定ではなくいつもあってくれたら時々買いに行くよ。って思える感じでした。

 

 

クーポンを使って730円(だったかな?50円引き)。

今日の私はちょっと家の用事で労働をしたので、結構お腹が空いていました。

もう少しボリュームがあっても大丈夫でした。

 

 

 

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他人に迎合する生き方は人生を狂わせる

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自分の中の「生きづらさ」を覚える一つとして、人に合わせ過ぎるところがある。

人に合わせすぎるということは

  • 人にいい顔をする
  • よく思われたいから何でも引き受けてしまう
  • 優しくしてしまう(間違った優しさ)
  • 気を遣い過ぎてしまう
  • 人の顔色を窺って行動するようになる

というようなことが挙げられる。

 

なぜ、「人に合わせ過ぎている」という考えに至ったのか。

それはそういう行動をした後に残る心の中の変なモヤモヤ感を感じ取ったからだ。

今までの私は、そういう気持ちすら感じないようにしていたところもあるらしい。
「人に合わせ過ぎていた」というよりも「人に対して強く出れない気弱な自分」であると思っていた。
しかし、どうもそうではないらしい。

 

確かに気弱なところもあるのだけれど、「気弱」というよりも「自分の意見が持てていないから従っているだけ」という、流されやすい生き方をしていた。

もし自分の意見を持っていれば、「私はこうしたい」「私はこう考える」という交渉が出来るはずなのだ。

でもそれが出来ない。
出来ないということは自分の意見が無い。考えがない。持てない。
私は一体どこにいるのだろうか?

 

 

それは「迎合」なのか「気を遣っている」だけなのか

 私は
「周りに気を配るのが上手い」
「人の気持ちを察知して相手に不快な思いをさせないように気を付けることが出来ている」

そういう生き方が出来ていると思っていた。
だけれどそれは、私自身の心に「疲れ」を招いていた。

出来ていたのではなく、無理をしていた。

他人の思考を「想像しすぎてしまう」のだ。当たっているとも限らないのに。
そしてそれが「生き方のクセ」になってしまっているために、止めようとすると「自分は優しくない人」だと脳が思ってしまうらしく、また、人に対しての「過剰な気遣い」をし始める。

された方も、最初はいいのかもしれないけれども、毎回それが続くと「異常な気遣い」に不信感を抱いていることだろう。

 

「さりげない気遣い」だったら「気を遣っている」だけなので相手も気兼ねなくそれを受け入れてくれるだろうし、大人として適切な対応が取れていることだろう。

しかし「過剰な気遣い」は「私はあなたのことを意識していますよ」「いつも見ていますよ」という受け手として気持ち悪がられるであろう行動になってしまうのだ。

多分ね。

そして過剰な気遣いは「相手に気に入られたい」「相手に嫌われたくない」という意思の表れでもある。

 

そして問題は「迎合」である。
「自分の意見を持つこと」が出来ないので、他人の意見に「そうだねー」って言って合わせている方がとても楽なのではあるが、自分の意見が無い為に他人の軸に振り回されやすい。

迎合を始めると表面上は仲良くなりやすいが本音で付き合うことは出来ないし、何より他人にいいように扱われれてしまう。

迎合の良いところは「最初のとっつきやすさ」だけだろう。

 

仕事を例に取ってみると

  • 「迎合する」→「気に入られる」→「仕事をなんでもやってくれると思われる」→「過剰に仕事が集中する」→「心身ともボロボロになる」
  • 「迎合する」→「気に入られる」→「仕事をなんでもやってくれると思われる」→「過剰に仕事が集中する」→「断り始める」→「ケンカになる」→「人間関係が壊れる」

というようなルートが出来、どちらも良い結果を招かない。
気を遣って相手に合わせているうちに、どんどん相手のペースに飲まれていき、気が付いたら取り返しのつかないところまで来ている。

 

 

迎合する生き方は自分の本音を殺している

 「迎合」する生き方を知らず知らずのうちに取っている場合は、もうその時点でその生き方が常態化しているので「自分の本音」を探すことがとても難しくなっていることが多い。

しかも「自分の本音」どころか、「自分の考えが何もない」状態になっていて「本音」を探すことすら出来ないでいる。

「自分がない」「自分はからっぽ」という虚無感に襲われる。
自分の本音は一体どこにあるんだろう?と深い苦しみを味わうことになる。

 

また、自分の意見を持てていてそれを相手にぶつけた時の相手からの反応もまた「恐怖」だったりする。
「恐怖」とは思っていないのかもしれないが「瞬間的にやってしまった」と思うこともあるかもしれない。

それは「相手の意見との食い違い」である。

 

自分の意見を述べた後にされる、相手の意見や批判が過剰に怖いのだ。
個体が違うのだから、意見が違うのは当然なのだけれど、批判されたり、相手の意見を受け入れられないようなことでも、「譲歩」という形の「迎合」を行ってしまう場合が多々ある。

本音を合わせた「譲歩」なら良いのだけれど、本音を殺した「譲歩」は譲歩ではない。

 

 

迎合する生き方をするようになってしまったきっかけは

迎合するようになってしまうきっかけとは一体どういうところから始まるのだろうか?

一番手っ取り早く思いつくのは「親からの躾」だろう。

悪いことをすれば怒られる、口を聞いてくれない、物置に閉じ込められる。両手を縛られる。

母親が特にこの傾向が強かった。
母も祖父にこのような躾を受けていたらしいので、伝承されている。

 

そして自分にも攻撃的な部分はあったので、こういうことをされると反抗したくなる。
物置に閉じ込められようものなら、物置を壊すくらいの勢いで中から破壊を始めたり、過剰に叱られようものなら、家の中の物に当たって癇癪を起していた。

お互いのエネルギーのぶつかり合いが激しくてエスカレートして行ってしまったのかもしれない。

他の家庭の子育てがどういうものなのかは知らないけれども、うちの親はこんな感じだった。

 

そして知らないうちに「親の顔色を窺う」ということを刷り込まれてしまう。
何が良くて何が悪いのかを感じ取るようになる。

親の機嫌をとることもしているのかもしれない。無意識で。

親にとっての「良い子」とは「なんでも言うことを聞く子」「自分から勉強をする子」。

悪い言い方をすれば「親にとっての都合のいい子」。

操り人形。

いつから、というと「いつ」という年代や日付がある訳ではないが、徐々に、知らない間にそういう人間になっていったとも考えられる。

 

もちろん、これが全てではないだろうし、これ以外にも思い当たるようなところがあれば、いずれまた書き出してみたいとも思う。

 

 

迎合すると自分も人も見失う

迎合の良いところは先にも挙げたが「最初のとっつきやすさ」だ。

何とも人当たりが良く感じられる。
本当は人見知りなのに。

誰とでも仲良くなれてしまう気がしてしまう。

 

しかしそれは本当に最初の頃だけ。
ある程度付き合いが長くなってくると、人となりが分かってくる。
そうるすと、実態が無いような空を掴むような存在で芯がないことが分かる。
あの人の本音はどこにあるのだろうか?と気味悪がられてしまう。

 

本人的にも「どう思っているのか」を本音でぶつけることが出来ない。
そもそも「何も思っていない(と感じている)」から意見がないので発することが出来ないこともある。

そしてどこまでが「迎合」で、どこまでが「協調性」なのかの境目の基準も分からない。

自分の立ち位置を見失っているのである。

 

協調性が無さ過ぎるのも日本社会ではハブられる。
「迎合」と「協調性」をはき違えているので何が正しい行動なのかが分かっていない。

 

「こういう人だ」という個性も消えているから伝わらない。
相手からも不審がられ(この不審感が個性と受けられる?)、接し方が分からなくなるらしく離れていく。
どういう人なのか分からない。つまりいてもいなくてもどっちでもいい人。
もしくは不気味で近寄りがたい人。
相手にしたくない人。

 

そういう人になってしまう。

 

もう1つ、「迎合」の弊害は「人を見抜く力」を養うことが出来ないことだ。

相手に合わせようとすることは、相手のすべてをOKだと受け入れることに他ならない。
正しいことも悪いことも全てがOKになってしまう。
自分の「正義」が曲がってしまうのだ。

そうなってくると「悪いタイプ(自分とは合わないタイプ)の人」でも正しいと受け入れることになり、振り回される。
近寄ってはいけない人にも近寄ってしまう。

疲れるよね。

疲れるんです。

もちろん、傾向の度合いによって、振り回され度合いも違ってくるのだけれども、私自信、どのくらいのレベルの迎合度合いで、どのくらい振り回されるのか客観的な位置づけで自分を見ることは出来ていない。

殊更、女性に対しての迎合度合いが酷く「変な女性に引っかかる」ことがある。そして普通の女性は寄ってこない。と、思っている。(非常に失礼な物言いかもしれないけれど)

 

 

まずは「自分がどう感じたのか」ということを積極的に感じていくこと

最近、私は気を遣うことを減らし始めている。

私が気を遣わなくても他人は勝手に行動する。過剰な気遣いは監視されているとも取られてしまうかもしれない。
必要な時だけ気を遣うことが出来ればいいのだ。
そのポイントを見極めれるかどうかが今後の課題でもある。

 

そして何より

  • 自分の意見をもつこと。
  • 相手の意見との違いを認めること。
  • その後に自分はどうしたいかを考えること。

この3つを気を付け始めるようにしている。
今はまだなかなか出来ない。意見を言い過ぎて失敗してしまうこともある。
瞬間的な反応として出来るようになるまでには時間が掛かるかもしれない。

今までは瞬間的に迎合していたのだから、そのクセのままだと迎合が続く。

一呼吸おいて考える時間を自分につくれるようにしなければならない。

 

でも、とりあえず失敗してもいい。

」「自分が」「どう感じたのか」ということを大切にして生きることをしていかなければいけない。

「他の誰かが喜んでくれる」のは良いことだけれども、「自分の意見を殺して」まで「相手を喜ばせようとする」のはただの自己犠牲だ。

自分は幸せじゃない。だから辛い。

お互いが幸せでなければいけないのだ。

 

 

 

 

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つまづいた!マイナンバーカードは市役所では発行してくれない!!

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マイナンバーの制度が始まり、交付されてから1年くらいが経ちました。

正直なところ、「個人個人に番号が割り振られ管理される」というのは凄く気持ち悪いですし、肩身の狭い感じを覚えてしまって好きではないです。

しかし、今後も日本に住み続けていくのならば、結果的にこの制度を受け入れる他ないでしょう。

会社勤めの方は、すでに会社に個人番号を提出しているでしょうし、投資をされている方も、証券会社に個人番号を提出されていることでしょう。

他にも、今後いくつか紐づけられてくると思いますので、数々の処理がこのカードで管理されることになりますよね。

 

ある意味便利かもしれないけれど、ある意味気持ち悪いし、悪用されたらとんでもないことになります。

諸刃の剣。

 

そんな私。

 

この1年、マイナンバーカードを作ることは見送ってきました。
通知カードが来ていますので、とりあえずそれがあれば十分だろうと考えたからです。
しかし。
マイナンバーカードを作っておくと手続きが簡単になるであろうこともやはり出てきます。

 

 

マイナンバーカードを作っておくメリット

  • 個人番号証明書類。
  • 各種行政手続きのオンライン申請が可能。
  • 本人確認の際の身分証明書。
  • 民間のオンライン取引に利用できる。
  • サービスごとに分かれていたカードの一元化。
  • コンビニでも公的証明書を取得可能。

というようなメリットがあります。
下記サイトから抜粋させて頂きました。

www.kojinbango-card.go.jp

 

今後、病院とか銀行とかそういうところにも紐づけされていくらしいので、免許証よりももっと重みのある無くすとヤバいことになるカードですね。

とにかく、色々な場面でマイナンバーを求められた場合、通知カードのままでいるよりもマイナンバーカードに格上げしておいた方が便利で有用であると判断したほうが良さそうです。

でもやっぱり紛失や盗難は危険なので気を付けたいところです。

 

マイナンバーカードの発行は市役所ではやってくれない!

正直がっかりです。
私は市役所でマイナンバーカードを発行してくれるものだとばかり思っていました。

 

私の手元にあるのは、マイナンバーの

  • 「通知カード」
  • 「個人番号カード交付申請書 兼 電子証明書発行申請書」

の2つです。
会社にマイナンバーを提出したときなどは「通知カード」を使いました。

 

今回、マイナンバーカードを発行してもらうにあたり、必要なのは申請書の方ですよね。

裏面に顔写真を貼るスペースと署名&捺印する箇所があるのが見受けられましたので、まずはそこの準備をしました。
顔写真はパスポートに使う写真と同等のサイズということです。近所の証明写真ボックス(インスタント証明写真?)へ足を運び、撮影して来ました。

書類に証明写真を貼り付けたら、署名して捺印しました。
申請日の記入は最終段階でしようと思いましたので、空欄にしておきました。

 

さぁ!いざ行かん。市役所へ!!

 

勢い勇んで市役所に向かいました。
長時間待たされることも覚悟していました。
受付へ行き、「マイナンバーカードを作りたいのですが・・・」と話をしたところ、次のような説明を受けました。

 

マイナンバー通知カードが送付されてきた封筒の中に“返信用封筒”が入っていたと思うのですが、それに申請書を入れて送ってください。もし封筒が無い場合はこちらの住所に当てて郵送してください。(住所の書かれたシートを貰いました)

②カードが出来上がってきたら一度市役所にカードが届きます。その時点で「カードが出来上がってきました」という連絡を入れますので、市役所にお越しください。その時に通知カードと引き換えになりますので、紛失等の内容大切に保管しておいてください。

 

とのことでした。
マジか。すぐ作ってくれないのか。
っていうか何だ?返信用封筒って?そんなのあったか?

 

 

マイナンバーカード申請書「返信用封筒」は一体どこに?

 私は「返信用封筒」なるものの存在を知らない。
知っているとするならばきっと両親だろう。
なぜなら、親と同居しているからだ。
家族分、まとめて送付されてきたのであるならば、きっとその封筒に入っているはず。

そして市役所から帰宅した私は両親に尋ねる。
両親も「返信用封筒」の存在は知らなかった。

しかし、通知カードが送られてきたときに入っていた封筒を探してもらった。

するとそこに求めているものがありました。

申請書を送付するための「封筒」が。

結局、「よほど真面目な人」だとか「急いでカードが欲しい人」以外は中身を読んだりせず片づけておくだけという状態だと思います。

だってめんどくさいですもんね。
こういう書類関係って。
出来れば後回しにしておきたい。

だから読まない。見ない。

結果、私のように「市役所でやってくれるんでしょ?」という思考に至る訳です。

 

また、この「返信用封筒」は1人一枚ありません。例えば家族が4人いるとすれば4人で1枚です。
ですので、マイナンバーカードの申請は家族全員分まとめて行うのがお得です。
この封筒は無料で使えます(H29年10月まで)。

それ以外の場合は封筒代と切手代がかかります。
たいした金額ではないですけれどね。

 

ということから、私は両親を急かしてマイナンバーカードを申請することにします。

 

 

 

パソコンやスマートフォンからもマイナンバーカードの申請が出来るよ!

 自分のカメラやケータイで撮影した顔写真があればパソコンやスマートフォンから申請が出来るみたいです。
但し、「メールアドレス」の登録が必須になりますので、それをめんどくさがった私はやめました。


そして写真も自撮りで綺麗に撮れる自信がありません。
使用できる写真には規定が存在します。自分で撮った写真なら何でも使えるわけではありません。

 顔写真の規定

www.kojinbango-card.go.jp

 

  • メールアドレスを登録することが億劫でない方。
  • 証明写真を規定通り自分で撮影出来る方。

ならば、きっと簡単に出来ると思います。

 

 

証明写真機からもマイナンバーカードの申請が出来るよ!

 証明写真を撮りに行ったとき、「何か見慣れないものがあるなぁ」とは思ったけれどもスルーしてしまった。
それがきっとこの機能だった。間違いない。
ここで申請出来たのなら楽じゃないか!!

QRコードをかざして、ガイダンスに従っていけばそのまま申請出来てしまう優れもの!使ってみたらよかったなぁ。

しかし、1つ疑問。

<ケース1>
800円使って写真を撮影して、証明写真の残り(基本1枚使うだけで後は残るので他のことに使えるかもしれない)が手元に残る場合。そして申請書を郵送する。

<ケース2>
800円使って写真を撮影して、申請。「申請確認プリント」を受け取って完了の場合。

 

これって<ケース1>の時のほうが、余りの写真が手元に残るという観点から見ればお得かもしれない。
<ケース2>だと申請まで終わっちゃう手軽さの代わりに、手元に写真は残らないみたい。(使ってないので検証出来ないけれど)

 

どちらを選ぶかは自己判断でお願い致します^^

 

 

マイナンバーカード総合サイト

調べる時に便利かもしれないので、「マイナンバーカードの総合サイト」を貼っておきます。

www.kojinbango-card.go.jp

 

 

おわり。

 

 

 

春が近づいてきたなって感じる気温になってきましたね

朝晩はまだまだ冷え込みますが、日中はずいぶん温かい日差しが届くようになりましたね。

日によっては暑いくらいだと感じてしまいます。
いよいよ、今年も春がやってくるんだなという気がし始めました。
まだ、ついこの間正月だったような…?と、思ってしまうこともありますが、もう2月も終わりです。

受験シーズン。
卒業、入学、引越しシーズン。
入社シーズン。

きっと日々が駆け抜けていくことでしょう。

 

そんな私は今日は仕事はお休み。

2か月ぶりに床屋へ行ってきました。
まぁまぁ髪の毛も伸びています。
いつもの床屋のご主人と奥様と談笑しながら髪を整えて頂きました。

床屋さんって、軽めのマッサージがセットで付いてきますよね?
まぁほんと「気持ちばかり」っていう程度のマッサージなのですが、たったそれだけのマッサージだったのにも関わらず、気持ちよく感じました。

気持ちよく感じてしまったということは、私の体は凝っている。

そういうことなのでしょうか。
体が硬くなってしまっているのだなぁ。

大丈夫、今年は去年よりも健康を意識していくつもりだから!!

 

だから・・・。

 

 

 

 

 

床屋で髪の毛もスッキリしましたので、気持ちよく帰ってこれました。

午前中に床屋だったので、午後からはフリーです。

せっかく天気が良いので、ちょっとドライブにでも出かけようかと思って、梅が咲いている場所がどこかにないかと検索して、その公園を目指してドライブしてきました。

 

公園に着くと、池の周りに何やら人だかりが。

しかもめっちゃごっつい望遠レンズをくっつけたカメラを構えた年配の方々。
「え?なんかいるの??」と、私は興味深々です。

 

その中の一人に声を掛けて訪ねてみたところ、「カワセミ」が居たそうで、また飛んでくるのを待っているとのことでした。

野鳥が好きな方々の集まりだったようです。

カワセミかぁ。

子供の頃は近くの用水路なんかで見かけたりしていたけれど、確かに今は全くと言っていいほど見かけなくなりました。
個体数が減ったのでしょうか。

綺麗な鳥ですよね。

 

 

そして園内を散歩しつつ、目的の梅の花を見ていました。

いい香りがしています。

 

しかし。

 

なんかちょっと物足りない。

もっと「ぶわーーーっ」って咲き誇っている感じのを想像していた。

満開の梅の木に囲まれたかった。

が、木の本数もそんなに多くは無かったですし、花が開き過ぎているものと、まだ蕾のものとあって、丁度いい可愛い感じのやつが少ないっていう。

 

残念。

 

でも、「梅の花を見に行きたい」という自分の中の欲求を叶えてあげることが出来ましたので、今日も私は良い日でした。